大好きな高山なおみさんの読書記に紹介されていた、
吉田篤弘さんの『それからはスープのことだけを考えて暮らした』
この本がこのインド旅のおともでした。
することのないパンチャカルマ中に何回も読んだ。
そして食の限られたパンチャカルマ中ににスープの香りを思い出して何度となくお腹がなった。

スープは食事のおとものようであって、
でもそれだけで主役になれる。
食事の最初に食べるスープがあったかくてときめくような美味しさだと、
その後のどんなごはんも美味しく感じるし、
食欲の少ない時はそれだけでメインディッシュにもなる。
ひわさの家でもメインがけんちん汁豚汁ミネストローネとスープの日も多かったなー。けど子どもたちは喜んでお代わりしてくれた。大鍋にたっぷりの滋味深いスープ◯

わたしは食欲にムラがすごくあって、
食べれない日も時々ある。
だけどそれこそ冷蔵庫にあった野菜と、ちょっといい塩、レンズ豆か押し麦、または蝶々のペンネをちょっと入れて休みの日の朝ごはんスープを作ると食欲が戻ったりする。
だからスープ作りは欠かせない。

パンチャカルマの施設でも
毎夕温かいスープが出されて、
化学調味料のもちろんない、
野菜だけの薄味の優しい風味のスープなんだけどこれがほんとうになんとも美味しくて、
食事は減らしてもらいながらだけどスープをお代わりする日が幾度かあった。

なにが、いったい、この中に溶け込まれているんだろう。
たくさんの野菜と、時にトマトそしてミルク、そしてクリアなスープを、ベースは違えどスパイスや野菜の種類、香草の種類で毎日味が変わって日々飽きずにいただけるスープ。
スープが、ギーで具合の悪い日も気持ちも身体も温めてくれた。
スープは暮らしを豊かにする。
そしてわたしもスープのことを考えて暮らした3週間だった。

味噌汁、ミネストローネ、クラムチャウダー、世界中にいろんな風味のいろんなスープがある。
世界各地どんなテーブルでもスープは日々を温めてくれる。

出汁と塩加減とスパイスと具材と、
火加減とタイミングと、
考え出したらなんて奥の深い!
そう考えたらわくわくしてスープ!スープ!わたしのスープを作りたい!
うん。スープの達人になろう!
となぜかインドのはしっこで心に決めたり。笑


あったかくなるスープを作りたい。
スープのようになりたい。
と、帰りの飛行機のなかでまた考える、
スープにはじまり、
スープに終わる旅でした。。インドなのになんで?笑



スープのように、
じわじわと、
過程を楽しみ、
全てを溶け込み、
味わいぶかく、
コクがあるけど、あっさりと、
ときにスパイスもきかせて、
ときに感動を覚えるような、
だけど、忘れてくれていい。
だけどまた、ふと思い出されるような、
そんなふうに生きていきたい。




名なしのスープのつくり方

◯期待をしないこと。
◯どんなスープが出来上がるかは鍋しか知らない。
◯鍋は偉い。尊敬の念を込めて磨く。が、期待はほどほどに。
◯磨いた鍋は空のまましばらく置く。すぐにつくり始めない。我慢をする。
◯空の鍋に何か転がり込んでこないものかと、ほどほどの期待をする。
◯しかしすべては鍋に任せる。すべて、鍋が作ってくれる。
◯冷蔵庫を覗き、たまたまそのときあったものを鍋に放り込む。
◯何でもいいが、好物のじゃがいもは入れておきたい。
◯もちろん、じゃがいもでなくてもいい。これは外せないというものを何かひとつ。
◯鍋に水を入れ、火をつけると、そのうち湯気がたつ。湯気もまた尊い。
◯換気を忘れないこと。窓をあけて、ついでに外の様子を見る。
◯晴れていようが、曇っていようが、雨だろうが、スープはどんな空にも合う。
◯それも偉い。
◯やがて、じゃがいもがくずれてとける。
◯じゃがいも以外の諸君も、そのうちにとけ始める。
◯とけて、我彼の区別がつかなくなったら、それで完成。
◯本当は完成などないが、まぁ、いいや。
◯熱いうちに食す。
◯そして、冷めないうちに近所の誰それに。
◯あるいは、思い出される人たちに。面倒なら思い出すだけでいい。
◯これをスープの冷めない距離という。
◯この距離を保つのが、なかなか難しい。
◯その訓練のためにスープをつくるーというのはタテマエ。
◯ここに書いたことをすべて忘れ、ただひとこと念じればいい。
◯とにかく、おいしい!

                          ーそれからはスープのことばかり考えて暮らした  吉田篤弘ー