御嶽山が噴火したというニュースの話しをしていて、
突然に母が、
そういえば、あなたが入院したときおばあちゃんも御嶽山に登ったのよ、と話し出した。
37歳にして、はじめて聞いた話し。

...

わたしは産まれてすぐに水頭症と診断されて、産まれてすぐから3ヶ月近く、ずっと入院をしていた。
鼻に管を通されて人工乳を与えられ、点滴も抗生物質もずっとされていたのです。
自然育児派の方には申し訳ないくらい今は元気だけど…。

そんな孫を見た祖母が、友人に誘われて、わたしの健康をお参りに御嶽山に登ったのだとはじめて聞いた。
祖母は山に登るようなタイプでもなく、わたしが知る限り、県外に旅行に出る祖母を見たことがない。

たまたま映画の『うまれる』を見て帰って、うまれることの奇跡を思っていたさなか、とつぜん聞いたその話し。
なんでそんな大事なこと、おばあちゃんが生きとるうちに教えてくれんかったんよー!と思いながら、ああでも、その時はきっとまだ、そのことに本当に感謝できるほど、自分を、大切に思えるようなこころのわたしではなかったんだろうとすぐに思った。

病とともに産まれてきたわたしを心配する、祖母の熱い気持ちをたまらなく思う。
あの、頑なに外出嫌いの祖母の。
嬉しいとか感動とかではいい表せない。
なにやら、お腹の奥がぎゅっとなる、辛いかなしい。
だけど、じわじわ熱くなる。

その後ちいさなわたしは、手術の一週間まえに、
奇跡的に頭に溜まった水が引いて、ほんとうに奇跡的に!手術することなく退院できたのです。
手術をすれば、成長ごとに大きな手術を必要とし、心身にさまざまな障がいがのこるかもしれないといわれる水頭症。

奇跡は偶然だと思っていた。
ただ、ラッキー♪
生きてるだけでまるもうけー◎と…
でも、たくさんの人の祈りのおかげだったんだと、
あらためてあらためて思う。
母から産まれて、たくさんの人の、祖母の愛と祈りでもって命を繋ぐことができたんだ。

わたしは、全然祖母に優しくなくて、恩返しも出来ていないし、
今や父を含む祖母かたの親族とはつながってもいない。
ただ、ひたすら、祖母と祖父のお墓参りに行くだけ。

そういえば、つい2日前、
愛媛に行く前にお彼岸おくれのお墓参りにいった、
そのとき、なんとなく、命のバトンをありがとうと、はじめて思ってお参りしながらお礼を言ったのです。
こころのうちから湧き出た言葉。
お墓のある脇町のお寺の仏陀像にもお礼を言った。
その言葉が届いたのかな。
だからこの話しを聞くことが出来たんかな。

命のバトン。
ありがとう。

ここのとこ、同じテーマで物事がまわる。
頭の中を解決する速度の速いこと速いこと。
そうして、日々の中、あれこれ紐解いていくんだなー。
ほんと、日々是感謝◎

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