花水月*soap&candles


石けんとろうそく屋の
とるにたらない日々こと。

島からかえってから6年間、
書き溜めていたブログがHPのアカウントとかの都合でなくなってしまったので、
新しくこのブログを開設したのが4年前。

それまでのブログは、
島から帰ってからの日々のこと、
にこにこ市をはじめたころからのこと、
花水月の日々、
出店のこと、
それから震災と原発、
ひわさの家のこと、
赤裸々にこころのままに綴っていた。

なくなって、
ああなくなったんじゃな。
仕方ない。
うん。
そしてなんだかすっきりもした。
過去を溜めてもしかたないしな!と。

だけれど、
時々 アノコロノキモチ に触れたくなる時がある。
それは多分、
人生のぐるぐるの中の、
同じような出来事にぶつかるとき、
その、一段下の螺旋で、
同じような気持ちを乗り越えたんだよ。
そのときわたしはどう感じてたんだっけ。

そして!
なんと!
ここ4年も5年も放置していたmixiを、
友達のお知らせがあって開いてみた。
アカウント名も、
そのとき登録したメールアドレスが何かも、
もちろんパスワードも、
わからなかったのにいろいろ辿ると開けるもんなんだな。
すごいなー◯

とにかくそれで、
開いてみたら、
あったのよ!
そこに!
公のブログにものせてなかった赤裸々すぎるわたしのかいたもの。

島に移り住んでから、
ひわさの家を終わるまでのこと。
しごとの待ち時間とかにひろい読みしていたら、
なんだかほんとにこみ上げるものがあって、
ざわざわ、
そわそわ、
どきどき。

島での日々は、
ほんとうに命の再生の日々だったな。

mixiは多分そうはいっても開かないので、
読み返したい アノコロノキモチ を、
少しずつ、
少しだけ、
こちらにおひっこししようと思う。

日記というのは、
日々の覚え書きにすぎないけど、
過去のわたしからヒントをもらったり、
過去のわたしから勇気をもらったり、
読み返すと発見があるものがある。

あ、もちろん90%は読み返す価値ゼロのろくでもない日々日記だったりするけどね◯







アノコロノキモチ
~2010・8・20~






ヴィパッサナのこと
(長いです)

ヴィッパサナ瞑想センター
http://www.jp.dhamma.org


ヴィパッサナから帰ってきて、はや一ヶ月。
大体、一周くらいみんなにどうだった~~~?と聞かれました。
なかなか、書くにまでいたらなかったけど、
だんだん、あたしの中で消化されてきたので書きます。


その後、も、
ヴィパッサナ効果ゼロ~~!!
10日間意味なし~~!!
と、周りのみんなに言われてますが… 笑


でも、やはり、あの日々は、確実にあたしの中に大きな変化をもたらしてくれました。
とても貴重な10日間やった。
こころから行ってよかったと思っています。


10日間の沈黙の日々。
10日間も、人としゃべらない・目を合わせない・ジェスチャーも駄目。
そんな日々は、もちろん生まれて初めて。
集団生活の中、最初のうちはストレスで、どうしても周りの人が気になる。
食堂で、順番にご飯をよそうとき、食器を洗うとき、シャワー、洗面、寝るときに電気を消すタイミング。
しゃべれるってすごい。

そしてそんな沈黙の中の瞑想。

毎日のスケジュールはこんな感じ。

[10日間コースの時間割表]

    04:00 am      :     起床

    04:30 am 〜 06:30 am:     ホールまたは自分の部屋で瞑想

    06:30 am 〜 08:00 am:     朝食と休憩

    08:00 am 〜 09:00 am:     ホールにてグループ瞑想

    09:00 am 〜 11:00 am:     ホールまたは自分の部屋で瞑想

    11:00 am 〜 12:00 pm:     昼食

    12:00 pm 〜 01:00 pm:     休憩

    01:00 pm 〜 02:30 pm:     ホールまたは自分の部屋で瞑想

    02:30 pm 〜 03:30 pm:     ホールにてグループ瞑想

    03:30 pm 〜 05:00 pm:     ホールまたは自分の部屋で瞑想

    05:00 pm 〜 06:00 pm:     ティータイム

    06:00 pm 〜 07:00 pm:     ホールにてグループ瞑想

    07:00 pm 〜 08:30 pm:     講話

    08:30 pm 〜 09:00 pm:     ホールにてグループ瞑想

    09:00 pm 〜 09:30 pm:     ホールにて質疑応答

    09:30 pm             :     就寝

    グループ瞑想の時間中は瞑想ホール内に留まらなければなりません。


一日、10時間の瞑想。

計算すると休憩時間も含め1日20時間近く目をつむっています。。笑


コースは、ゴエンカ氏のテープによる指導の下にカリキュラムに沿って行われます。
一日の終わりには1時間半の講話があります。これだけでもとてもいい。
瞑想の詳しい内容は、伝えきれない、そして、きっと伝わらない。
これは多分、体験してみないとわからない。
そして、人によってまったく違う、現れる反応も、感じ方も。
ので、わたしの私のうちに起こった変化のことだけ書きます。


朝起きて、夜寝るまで、瞑想ホールで瞑想。
動かない、目を開けないことを守る努力をします。
自分の部屋に戻る人もいたけど、私は、ほぼホールにとどまって瞑想をしました。
ものすごく、まじめに。

静かに、ただ座る、呼吸を観察する。
この時間がとても気持ちよくて、わたしはすぐに好きになりました。
こころは言うことを聞かず、どんどんいろんな方向に飛び回るけど、
少しずつ、静かになっていく。。

わたしの場合は初日から変な夢、頭痛に見舞われていました。


3日目くらいに、緊張が解けたのか、しゃべらないことのストレスからか、
急に心の中が騒ぎ出し、ぜんぜんシリアスになれない。
なんだか、いろんな、何を見ても笑えてきたり、、
このしゃべらないこととか、ヴィパッサナとか、瞑想とか、あろうことかもうばかばかしくさえ思えてきて、、、
あ~~~、もう、無理無理!!うちなんか所詮凡人・俗物!俗世間から離れれんし~~、悪口も愚痴も言うし~~煩悩ばんざ~い!!
のような、先生たちに覗かれたら大変な言葉たちが頭の中をぐるぐる回る。。
そしてほとんど眠れませんでした。


ほんでも4日目、
いよいよ今日からヴィパッサナ瞑想という日から、
まんまと一気に自分の世界に落ちていくのでした。

ここから、8日目までの瞑想は、本当に本当に、しんどかった。
こころも、体も、痛い。辛い。
息が出来にくくなったり、頭は誰かにもぎ取られてるかのように痛い。
背中から、肩から、首から、どこやかしこが重くて、痛い。
涙がほろほろ出てきます。
悲しいからなのか、ただ単に体が痛いからなのか、もうわからん。
あまりの痛さに脳出血とか??と心配になって2回ほど先生に相談に行きました。

それでも眠ってないのに眠気はなく、足のしびれもなく比較的動かずじっと座っていられる。

これは、あくまであたしの場合。
眠くて仕方ない人、じっと座れない人、人によっていろいろでした。



そしてこころも、また、ひどい。

面白かったのは、記憶にない記憶の浮上。
お父さんも、お母さんもまだ若くて、海にいる。
おぼれるあたし、あわてる両親。
そんな記憶はなかったので作り出したものなのかわからなかった。
けど、後で聞くと、わたしが2歳くらいのときお父さんに声をかけて沖に出たはずが、伝わってなく、母を追いかけたあたしはそのままおぼれたらしい。
無事救出されたけど、その後大喧嘩だったらしい。
そんなことがあったと聞いて驚いた。

そして、ほんとにありとあらゆる、いろんな人が、現れては消えていく。
あたしの場合は、しっかりとリアルな映像で、彼らの言葉でしゃべる。
もちろんそれはあたしの心の中の映像やけど、勝手にしゃべる。
ある人は『もえちゃん!もう全部出しちゃったほうがいいよ!』と言う。
ある人は『そんな頭使って瞑想してどないすんねん』と言う。
ある子どもは『ね~ね~ともえちゃんあそぼうよ~』と言う。
いや!?この人はあたしの人生に影響は与えてないやろう??と思われるような人たち、小・中・高の同級生とか、通りすがりくらいの誰かとか、そんな人も現れ消えていく。
走馬灯のようで、これは面白い体験でした。

そして意外と、キーパーソンだったと思われる父などは、なぜかほとんど出てこない。
そうか、もうあたしの中で消化された人なのか、、と思う反面、もしかしたら、まだこの人が浮かぶほどわたしの心は強くないのかもしれない。

全部、考えたことでなく、浮かんでくること。
浮かんできては消えていく。

時にものすごい幸せを呼び、そして痛みがあり、焦燥感を伴う。
浮かんできた瞬間に、突然涙が流れ出して驚くときもある。

全てが思いがけない。

そして、そのどれにも、反応してはいけない。
その感覚・感情を嫌悪することなく、その感情・感覚に執着することなく。
こころを動かさず、現れ、消えていくのを観察する。
こころに溜まった汚濁は、体の痛み、心の痛みとなって現れ、消えていく。
ここで、反応するとまた新たな汚濁となって返ってくる。
苦しければ苦しいほど、消えていく過去の痛みも大きいのだと信じて、ただ観察する。



とにかく、間の5日間はほんまにほんまにしんどかった。
周りのみんなも、明らかに自分の世界にはまっていく。
みんなの顔には表情もなく、周りに対する意識もなく、自分自身との旅の中にいる。

8日目の午前中、苦しみのピークで、わたしの中はわたしをののしる言葉でいっぱいなのでした。
どんどんどんどん、とどまることなく、自分をののしる言葉が沸いてくる。
『ああもう、そこまで言うことないんちゃうん。。。』と、思わず反応してしまうくらい。
ああ、そりゃあ、こんだけ自分への悪口を溜め込んでたら、自分のことなんか愛せんかったはずじゃなあ。。。
現れては消えていく全ての言葉を観察する。
むしろ、もう、いちいち反応する元気もない。
どんだけ溜め込んでいたのか、、33年間のわたしの汚濁。。。


わたしのこころ・わたしの体・わたしの考え・わたしの・・わたしの・・・

わたしでまったくコントロールできないこのわたし。

本当に、わたしのなどと言えるのだろうか。

じゃあ、わたしの怒り・わたしの喜び・わたしのものと思う全てものに、執着する必要などあるのだろうか。

このことを体験から、実感しだしたのはこのころから。



痛みを伴う数日の後、
思いがけない気づきがある。

わたしの場合。
こころに浮かんだ一冊の本。

そして、少しずつ、楽になっていきました。
この本のなぞは後で。。。


10日目の午前中で、聖なる沈黙が説かれます。
社会に出る一歩前に、この同じコースを受けたみんなと痛みを分かち合う。
時間がきたら、ホールから出ておしゃべりを始めてもいい。
合図とともに、みんなが続々とホールを出て行く。
外からは10日ぶりのにぎやかな声。

わたしは、なんだかもったいなくて、しばらくホールを離れられないでいました。
結局、昼食の鐘の音がするまで。
貴重な貴重な沈黙の日々。
苦しくて、幸福だった沈黙の日々。

最終日、帰る日の早朝。
最後の瞑想の時間。
全てが終わって外に出ると、
朝6時の京都の山は朝もやの中うっすらと明るくなり始めていて、
あんまりもきれいで、入り口でみんながその美しさに立ち止まっていた。

10日間、感じやすくなった心には、それはあんまりきれいな光景で、涙がどんどん流れました。



この瞑想はブッタから伝わる瞑想で、
ブッタがダンマ(生きるうえでの法)を説いてこの瞑想法をすすめて行ったのは、
人々が苦しみから開放されることを願って、この目的ひとつでした。

だから、この瞑想法には宗教色も、オカルトな面もヒーリングも一切なく、むしろ禁じられて、
ただ、ひたすら自分を観察する。

自分のこころの中に蓄積された汚濁(嫌悪や執着などの感情)は更なる嫌悪や執着を生み、そしてそれが苦しみを生む。
どこかで過去の汚濁を手放し、そしてさらなる汚濁を生まない方法を身につける。
これがこの瞑想法。



わたしの場合、33年間培ってきた、物事をややこしくややこしく考える術を、少し紐解くことが出来ました。

それまで、父のせいで、母のせいで、小さいときのあの事件のせいで、あの言葉のせいで、あれのせいこれのせい、と、、
けど、何のことない、やはり全ては自分自身に起因しているのです。


きっかけは、一冊の本。
瞑想中に浮かんだ一冊の本。
わたしは、小学校6年生くらいからその作家さんの本を読み始め、
しかも、何度も何度も繰り返し読んでいる、
感受性が強く、かつ妄想力の豊かな時期。
その本は、ややこしい家族や仲間の関係の中、当たり前のように日常がおくられている、
主人公の女性はそんな関係の中で強く、素敵なのです。
凡人の中流階級家族のわたしなどが読むとセンセーショナルで、強く影響されるにいたったのではないかと、
そして、自分の周りにも、ややこしい関係を求める、ややこしいことがどんなにしんどいことで、普通であることがどんなに奇跡的に幸せなことかも知らずに。
この考えが浮かんだとき、えっ??そんな単純??て思ったけど、
サッカー選手にあこがれて子どもたちがサッカー選手を目指すように、
ある小説にあこがれて少女がややこしい人間関係の中でけなげに生きることを求めると言うのも、ごく、単純でありえることなのだと思う。

そして、小中学生の難しい時期、移ろい行く友達関係の中、本の中に憧れを抱くのは逃げではなく、生きる知恵だったのではないかと思う。
現実と想像を交錯してしまうくらい。


そうして、晴れてあたしは、ややこしい周りの関係に恵まれていく。
もちろん、祖父のこと、父のこと、母のこと、あたしに起こったさまざまなややこしいことの原因があたしにあるわけではない。

でも、あたしのややこしい思考の原因が彼らにあるわけではない。
そう思ったら、そう認めたら、急に心が晴れたのです。

ヴィッパサナであたしの見つけたもの。


同時に、苦しみながら手放した汚濁も大きくて、
誰にもわかってもらえなくても、
やっぱり、わたしのこころの中は、こころのあり方が変わった。

奇跡的に母親とはあれから一回もけんかをしていないし、
いらいらすることもすごい減った。
ややこしく考えることがめんどくさくなった 笑


まさに、ヴィッパサナの思う壺 笑



そう、人生なんて、シンプル♪


食べて、寝て、笑って。

自分を縛り付けないくらいに有意義に仕事して。

自分を追い詰めないくらいに恋をしたり。

自分を傷つけないように生きる。
それは人を傷つけないことにつながる。

苦しみを自分のうちにためないように、今、ここ、自分に気づきながら生きる。

ただそれだけ。



わたしのように、ものすごいややこしく考えがちなタイプで、思考の80%が妄想、、のような人にはとても有意義な瞑想でした。
時々、思い出したように座って瞑想をしてみる。
毎日する、と決めたら、出来ない自分に嫌悪を覚えるかもしれないから決めない 笑
時々は、肩に猫が飛び乗ってきたり、時々はそのまま横になって寝てしまったりですが、
10分でも座って瞑想するとやっぱり気持ちが落ち着きます。


少しでも興味があって、10日間時間の取れる人はぜひ、行ってみてほしい。
生きて、死んでいくことが、とてもシンプルに、そしてありがたいものに感じられると思います。


そんな、長い長いヴィッパサナ手記。
ここまで読んでくださった方はありがとうございます。



be happy!!

35歳11月ブッタガヤで迎えた満月の夜。

あっと言う間に、
気がつくと2年が経っていたこのブログ。
もうなくなっているだろうと思い込んでいて、
開いてみるとまだあったのでびっくりした。
少し、読み返してみるとまたびっくり、
ちゃんと綴っていたんだなあ、わたし。
ちゃんと言葉にしていたんだなあ。

2年間、
何をしていたかというと、
仕事して、
こどもたちと遊んで、
タイにいって、
ベトナムにいってベトナムにいってベトナムにいって、
ああ、ブログがあったんなら、
旅の記憶を記していたらよかったなあ。
そう、合間で大型免許もとった。

それなりに充実して、
日々あっというま、
楽しく過ごしていましたよ。

そして、
なんで、ここにきてブログ!
と思ったかというと、
2年ぶりに展示会をします。

久しぶりに作りたい!という気持ちになって、
そして一緒に開催してくれる仲間がいて、
毎年この時期にギャラリーを使わせてくれる大好きなとよとみ珈琲のマスターがいて、
しあわせやなわたし。

ってことで、
今日はいちにち展示会のDM作りでパソコンの前。
久しぶに開いたwordは、使い方がまったく違って勝手がわからなくて大変ー。
だけど、ステキなのが作りたいんだー。
そうやってるうちにほぼいちにちかかって入稿。
いい仕上がりになったらいいな。

ちくちく と あかり


展示会は12月末。
それまでわくわく楽しんで作ろうと思う。
作ることに向き合うことが久しぶりでうれしい。
あのあたたかい冬の時間が楽しみです。


そうそう、
これまた久しぶりに作るよって言っていた石せんのこと。
これはまたあらためて。

2015-01-29-07-06-36

あけまして おめでとうございます。


なんて、
もう全然新年な感じではないけれど、
とりあえず 1月のうちにごあいさつを書かなければと、滑り込み。笑

昨年末のとよとみ珈琲さんでの展示会、
いらしていただいたみなさま
ありがとうございました。
2014-12-25-11-12-37


花水月は前回の展示会で、
いったん製作も販売も終了とさせていただきます。
花水月として活動をはじめて7年。
思い返したらほんとうにきりがないくらい、
たくさんの出会いがあり、
いろんな場所に出かけ、
本当に充実した生活をおくらせていただきました。
本当に本当にありがたいことです。
ありがとうございました。

花水月としての制作は終了しますが、
石けんをつくること、
日々にともす灯りをつくること、
わたしのライフワークとして続けて行こうと思います。
これからは誰かの贈り物や、わたしの暮らしの贅沢として。

つまづいてしまったまま作れなくなった石けんも、
売るものとしてではなく、大切な友達に贈るものとしてなら、楽しんで作れるような気がします。
気長に待っていてくれる友達がいることが、なによりも嬉しくてありがたいことです。
いつもありがとう。
もう少し待っててね。
2014-06-18-22-53-00



そして、5月から、
以前にもお知らせさせていただいた
自宅での保育をはじめさせていただく予定です。

と、いいつつ、
作業部屋に使っていたおばあちゃんの部屋をなかなか片付けられないまま時間だけが流れているのですが…

保育室の名前は
こどものじかん といいます。
HP こどものじかん
Facebookpage
こどものじかん

のんびりですが、準備をはじめているところです。

大好きないろんな場所での出店も、
やめてしまうのはさみしくて、
どうしようかなーと思っていたのですが、
あ、そうだ!
こどものじかんで出店したらいいんだよー。と、ヒラメいた◎笑

というわけで、
次回のにこにこ市からは、
手づくり市の片すみで、こどものじかんを作ろうと思います。
ちいさいこ連れのお母さんがのんびり市楽しめるような、マーケット託児所。笑
そう思うと、また楽しみで、ああ、わたしの暮らしはやっぱりいっつもたのしみにあふれているなーと思うのです。

これまでも。
これからも。

花水月を思ってくれてたみなさま。
本当にありがとうございました。
これからも どうぞよろしくお願いします◎
2014-06-03-17-10-27




niji sora tuki 2014
あれよあれよと、もう前半終了です。
2014-12-22-13-04-23


2014-12-21-18-39-09


はじまる前はいっぱいいっぱいになるけれど、やはりはじまると何もかも嬉しい。

いつもより少し気持ちをこめて着ていく洋服を選ぶことも
毎日お茶をなにするのか考えながらとよとみ珈琲さんに向かうことも
たくさんの友達に次から次から会えることも。

ここのとこ、もくもくと働いて、引きこもってキャンドルを作っていたので、
ここで、久しぶりにたくさんの友だちに会って、たくさんしゃべると、自分の中に溜まっていた気持ちが言葉になって出てくる。
と、いっても、出てくる言葉の8割はしょーもない笑い話しなんだけれど、
時々、出てくるまともな言葉、
この先のこととか、わたしとはどんな人なのかとか、言葉に新しい発見があったり、再確認したり。
やっぱりいろんな人としゃべるのはええなーと思う。

気がつくと、周りにはほんとうにたくさんの友だちがいる。
生活も、選ぶ服も、選ぶ音も違う、いろんな友だち。
そんな友だちにわたしの話しを聞いてもらう。
いろんか意見をもらえる。
ありがたいことです。

そしてわたしって、正直に生きてるな。って思うのです。
これからもそうでありたい。と思う

2014-12-22-15-16-53



朔日冬至の今日。
朔日冬至がどんな日なのか、詳しくはないけれど、
新月で冬至というのはなんだかわくわくする。
年末だけれど、新しくことがはじまるような。
そんな今日はインドから帰ったようだい先生のたくさんの石から石を選ばせてもらった。
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石を選ぶと驚くのだけど、
毎回惹かれる石が違う。
そこが石の面白いところ。
みんなの言うとこの、石に選ばれるとか、必要としているとか、そういうことなんだろうなと思うけど、あんまりよくはわからない。

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わたしの選んだこの石たちが、どんな風になってやってくるのかはようだいまかせ。
たのしみ。

ようだいが連れ帰ったたくさんの石から、ビビッとくる石を選んでオーダーメイドが出来ます。
今ならたくさん石があるよ。
ネックレス5000円〜
ブレスレット4000円
指輪3000円
今年の自分へのプレゼントにいかがでしょうか。

展示会はとよとみ珈琲さんで27日土曜日まで、
24日水曜日はおやすみです。
どうぞよろしくお願いします。








わたしほど、ものづくりに向いてない人はいないんじゃないかなあって、毎冬のたびに思う。
毎冬のたびに展示会をさせていただいているのだから、なおのこと・・。

コンスタントにものづくりをする人って、
わたしの周りにももちろんたくさんいるけれど、
ぶれなくて、信念があって、強い人。
だめだなぁ…私…。

わたしは冬になると、冬というだけでいつもより3倍不幸な気持ちになる。
寒いというだけで悲しい気持ちになるのです。
ここのとこ毎年冬は子どもたちといたし、
昨年は新しい仕事を始めたばかりで気持ちが張っていたけれど・・
今年の冬の冬鬱は数年ぶりの寒波。笑

そんな只今ネガティブ、絶賛人見知り中の私ですが、…笑
展示会で明るい時間に包まれることを楽しみに、
それなりに少しずつあたたかいあかりを作っています。
冬のわたしが作る灯りは、
ほんのり柔らかくのんびり。

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そして、この5人展に参加する女子チームが全員のんびり。笑
みんな口ぐちに 間に合わないー!ラストスパートー!
とにかく楽しもうねー♪ と…笑
そんな仲間に恵まれてわたしはしあわせです。


あらためてまして
そんな冬の楽しみ とよとみ珈琲さんでの展示会のお知らせです。

2014-12-15-16-55-25



















niji sora tuki 2014

2014.12.18 (木) ~ 12.27(土)
open11:00 ~ close18:00
*初日18日は12:00から 
  最終日27日は17:00までとさせていただきます。

とよとみ珈琲2Fギャラリー
徳島市末広2丁目1-42
088-655-8052
お問い合わせ 090-8692-5330 (花水月 向井)

虹のたね http://kirariniji.exblog.jp
そら家   http://sorayarrk.exblog.jp
upala*   瓦川陽大 facebookで
花水月   http://hanamiduki.blog.jp

各作家さんのギャラリーにいる時間等は各作家さんのブログやfacebook、twitter(hanamidukisoap)などでお知らせさせていただきます。



苦手な冬を楽しめる、年に一度のお楽しみ。
お時間が合う方は、ぜひ遊びにいらしてくださいね。

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来週から北海道の姉のところに行く母が、姉と孫たちにと柚味噌を作っている。
柚子の香りが家じゅうにただよって、それだけでなんだかしあわせな気持ち。


うかうかしてると、もう12月。
今年も一年が終わろうとしています。

師走、年の瀬、年末…
どの言葉もなんだか気持ちがすーんとなる。
なんだか覚悟が必要で、覚悟をもって今月に挑もうではないか!という気持ち。
今年は、今年中に、今年こそ、
そんな言葉の押し寄せる12月。

とはいっても、
いつも通り、ただ、たんたんと日々をこなす、それだけのことなのだけれど。

だけど、なぜだか12月のこころは、他の月のそれとはすこし違う気がします。
うん。
今年も12月をこころして過ごそう。


そして、もう何回目になるだろう。
12月の後半の、毎年の大きな行事。
今年も年末に、とよとみ珈琲さんで展示会をさせていただけることになりました。
今年は、相方の亜美屋あきちゃんがかわいいかわいいわたしのちいさい友だちを出産し、育児休暇中のため、
手しごと旅はおやすみで、
昨年6月に開催した、にじそらつき で。

リネンやアフリカンバティックのお洋服が素敵な そら家さん
サンキャッチャーや天然石アクセサリー、植物ポットの虹のたね
そして、ろうそくで花水月。

昨年、このみんなで展示会をひらいて、それぞれのつくった色がいろいろ、
虹のたねのサンキャッチャーの虹がきらきら、
作るものは全然違うのにね、
なんだろう、なんだかすごくまとまっている◎
すごく楽しい展示会でした。

今年の展示会も楽しみ◎
2014-11-16-11-18-06


そして、
今年はそこに、
マクラメ編みアクセサリーで、
upala*さんも参加してくれます。

upala*とは宝石という意味のサンスクリット語なんだそう。
それを聞いただけでなんだか素敵な石たちに違いないなーと思いました。

大好きな友人 ようだいが、2年間の旅を経て先月、日本に帰ってきました。

旅の初めに編み出して、
旅の間にたくさんの石たちに出会って、
旅の間ぐんぐんずんずん、友人も 作るものも 素敵になって、
帰ってきた友人が、この展示会に参加してくれることが嬉しい。
まだ会ってないけれど、
友人の旅の話しを聞いたり、2年分のわたしのよもやま話しをたっぷり、そんな時間も楽しみです。

とよとみ珈琲さんの美味しい珈琲とスイーツ、今年もありがとうのお話し、ようだいの旅の話し、
2階ギャラリーでもゆっくり過ごしていただけるような2階展示会場に出来たら
いいなと思います。

だから そろそろ。
楽しい年末の展示会にこころを向けて行こうと思います。

ここのとこ、大勢の人の集まりに、なんだか向かえなくなって、
なんだろうなーわたし…
でも、会いたい人はいっぱい。
たくさんのみなさまにお会いできるのを楽しみにしています。

2014-11-09-15-51-27


また、近づいたら重ねてお知らせさせていただきます。

うん。
とにかく、仕事は忙しいけど、楽しんで作る時間をもとうと思う◎
クリスマスや年末の、やさしい灯りになれたらいいな。

うん。
師走。
こころをちゃんと。






久しぶりに高知へ。
仕事でなんだけど。
久しぶりといっても、多分前回行ったのは3週間前くらい。

3週間ぶりの高知。
大歩危小歩危、祖谷の山越え、
山と谷は、彩りのよい紅葉で、
なんとも幸せな気持ちにさせてもらいました。

2014-11-19-14-08-43


2014-11-19-14-10-35

いちねん前に今の仕事をはじめたとき、
愛媛に下道で、とことこと、山をふたつ超えました。
初めて見た桜三里の紅葉に感動したて、なんて幸せな仕事なんだろうと思ったのを覚えています。

あれから、いちねん、
秋冬春夏 ひと巡り。

紅葉が終わると、落葉して、
そして雪景色の山を恐る恐る越え、
長い冬を終え、
春になって、芽吹きはじめ、
桜が美しかった、
そして、また、大好きな新緑の日々が来て、
しっとりと紫陽花が美しい初夏と、
緑の力強い夏が過ぎた。

その間に、麦が植えられ麦が育ち、
稲が植えられたわわに実る。
今年は、たくさんの台風で、長く長く稲が黄金のまま秋がすぎ、冬の手前までさわさわとゆらいでいた。

季節を感じながら働かせていただいていること、
ほんとに、しあわせなことだなーと思う。

この一年、
それはそれなりに、
仕事をするということ、
人とうまくやるという、わたしの人生で最も苦手なテーマに、
なんどもなんども撃沈し続けた一年だったのだけれど、
わたしって、本当に社会不適合なのだなと、自分の出来なさ加減に呆れながらも、
楽しい発見もたくさんあって、楽しい時間を過ごすことができたし、
ますます、こころが強くなった気がする。
わたしのこころは自由だな、囚われない自由。
それは、孤独なようでもあるけれど、やはりこころの自立はわたしを育てると思う。
誰がどう思おうと。

そして、黙々と運転するという仕事を通して、
沈黙のなか、こころと向き合うことができて、
ひとつのテーマからはじまって、
たくさんの本を次から次から読み、
仕事の沈黙を大切に使いながら、
その本から得たわたしの課題をこころの中に落とし込む作業を日々繰り返し、
一日に何時間も走りながら、余りある時間を本当に有効に使わせていただいた。
人と接していない中でも、ものすごく、豊かな時間を過ごさせてもらえた気がする。
たくさんの物事を少しずつ、時間をかけて消化することができました。

なんとも味わい深い一年。
ありがたいことです。

なにより、この一年、たくさんのしあわせや、やさしい気持ちをいただいて、わ
たしのおおきなおおきな支えになってくれていたこと。
もうそれだけで、ほんとうにしあわせだったなーと思う。


そろそろ、わたしのくらしに、
シフトチェンジしていかないとなーと思いながら、もう少し、もう少し。
そして、明日は、一年前に感動した桜三里。
一年ぶりの紅葉が楽しみ。
ほんと、ありがたいことです。
うん。もう少し、もう少し。

2014-11-19-14-11-44



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